フランスの博士課程

はじめに お疲れの6月

6月は、本当に忙しくて疲れました。忙しかったのは、やはりバカンスのせい。7-8月になるとフランスでは全てがストップしてしまうので、色々なことを終わらせなくてはなりません。書類にサインが必要なら、全部もらっておかないと、最悪の場合、スタンプラリーの完成は9月になってしまいます。だから、ほんと、忙しかったです。

また、この時期、博士課程の学生のThesis committee meetingというのがあって、自分がコミッティメンバーの場合は、前日くらいにリポートを読んで、当日は半日ZOOMに集中。自分の学生のミーティングの場合はリポート作成から付き合って、発表に使うスライドのチェックなどもあるので、結構大変です(学生によりますが)。そこに学会参加など重なって、まあ、疲れておりました。この仕事、気力と体力勝負です。

さてさて、最近はアメリカが研究者には全く魅力のない国になってしまって、ヨーロッパ行きのフェローシップの倍率が恐ろしいことになっています。博士課程をやりたい、という問い合わせもよく来るので、フランスの博士課程について書いてみたいと思いました。

フランスで博士号取得 お金の仕組み

フランスで博士号を取るときに、自前でお金を持って来れればいいですが(中国の国費で来る学生さんには何度か会ったことがあります)、そうでなければ、stipend(学生のお給料)を取得しなければなりません。

博士課程の学生のstipend獲得には大きく分けて二通りあって、一つ目はEcole doctraleという地域ごとにある大学院みたいなものが出す奨学金を目指して、試験で勝ち残るやり方。面接と修士での成績で決まるようです。この試験を通過できた学生は、Ecole doctraleに所属する、自分の希望するPIのところで3年間研究することになります。

もう一つは、すでにお金を持っているPIのところに直接応募し、Ecole doctoraleの定める方法で選抜試験を通過するやり方です。この場合は、大抵PIが書類選考で候補者を数人に絞り、Ecole doctoraleの定める方法で面接試験を行います。

Ecole doctoraleごと、分野ごとに多少の違いはありますが、期間が3年間あること、その間のstipendを始める段階で獲得しておくこと、はどこでも同じだと思います。試験はだいたい6月頃に行われます。

フランスでは3年の期間を過ぎても、研究を続けて、その後1年以内に博士号の卒業試験を受けることも例外として可能ですが、この場合、PIの懐事情によって、stipendが出ないこともあります。その場合は、フランス政府がくれる失業保険で食いつなぐことが可能です。

私がアメリカで博士課程にいたころは、PIが金欠になり、博士課程の途中で学生にstipendを払えなくなり、別の大学のお金のあるラボに移らせたりすることがありましたが、フランスでは3年以内に卒業できれば、お金の心配はいりません。

博士号を取得するには

博士課程の3年間の間、理系の学生さんたちは、ほとんどの時間を研究に費やすことになります。この「研究」とは実験を行うことであったり、データを解析することであったり、色々分野によって異なる子と思いますが、基本的な部分は同じだと思います。

博士課程に学生が身につけなくてはいけないのは、ざっというと以下の5点になります。

1.その分野の現状を理解し、問題点を明らかにし、それを伝える(書く、話す)力

2.仮説を立て、それを試す実験計画を立てる力

3.実験、データ解析を遂行する力

4.結果を考察し、仮説を検証する力

5.その一連の過程を、文章として、口頭発表として、人に伝える力

もちろん、学生が一人でこれ全部をやるのではなく、指導教官や、他のラボメンバーの助けを得ながら、これらの過程を経験し、一人前になっていくわけです。大抵の場合は、PIがすでに研究計画をつくっており、そのプロジェクトに応募することになります。そして、最初の数か月で上記の最初の2点の部分を理解し、3番目の実験を遂行していくことになります。

論文を書くとなると、上記の1-5のポイント全てを押さえて、文章にしていきます。一つの論文を書くということは、1-5のポイント全てを経験して、言語化することになります。そのため、フランスのEcole doctoraleのほとんどが、博士論文審査会を行うためには、論文をpeer-reviewed journal に一報発表していることを条件としています。

ちなみに、PIになるためにはこれらの全ての部分を磨く必要がありますが、それに加えてお金と、人の管理という能力も問われます。

フランスの博士課程

フランスの博士課程を修了するためには、たくさんのコース(授業)を取る必要はありません。基本的なコース(論文の探し方とか書き方等)や倫理についての必須コースはいくつかあるようですが、それ以外は自分の研究に必要な専門的なコースを見つけて、受講したりします。

そんな専門的なコース(例えば、RNAseq解析法とか)は、大学と提携している研究施設のエンジニアが開講したりします。フランスでは、ほとんどの研究機関が公立で、その全てが多かれ少なかれつながって研究ユニット(UMRという)を作っているので、所属機関に関係なく、いろいろな講座に参加できたりします。

そういう短期のコースに博士課程の学生が参加すると、ポイントがもらえるそうで、そのポイントを一定量ためて、博士論文審査会を開く権利を獲得します。

最近は外国人学生が増えてきて、だいぶ状況が改善したようですが、今でも時々フランス語でのみ受講可能なコースがあったりするので、外国人の学生にとってはまだ不便かつ不公平なことがあるようです。

さて、このポイントは、ティーチングアシスタントをしたり、国際学会に参加してももらえるそうで、その辺は将来就きたい仕事を考えながら、ポイ活をすることになります。ティーチングアシスタントは結構な時間を取られるので、将来大学で教えたい人以外には勧められません。

Thesis committee

フランスの博士課程で独特なのが、この、thesis committee。コミッティは大抵2-3人のPIで構成されて、博士課程のプロジェクトがうまく進んでいるか、指導教官と学生がうまくいっているかチェックし、必要があれば教官と学生の間に入ったり、Ecole doctoraleに問題を報告したり、と言った役割をします。プロジェクトの進捗を助ける役割があるので、普通は博士学生の指導教官に足りない専門分野を補ってくれるような人、建設的な意見を言う人が選ばれます。

通常は年に一回ミーティングを行い、学生がそれまでの経過報告をして、今後の方向性について全員で話し合い、その後、学生と教官と別々に話し合いをしたりします。

普通は和やかに終わりますが、時には4時間以上かけて、全員疲弊して終わったこともありました。また、教官と学生が不仲になってしまって、committeeが対話を促したり、別々に話し合いの場を設けたり、なかなか大変なcommittee仕事になってしまった同僚もいます。

三年間の博士課程の間、普通はthesis committeeは二回だけ行われます。committeeのメンバーは論文審査には参加できず、別の2-3人のスペシャリストが論文の審査を行います。

博士論文

さて、3年間の博士課程の締めは論文審査会となります。論文審査会を行うためには、その2か月くらい前にポイント獲得等の必須条件をクリアし、論文を一報発表し(ecole doctoraleによって規則は異なる)、博士論文を書き終えていなくてはなりません。

博士論文とは、大抵フランス語と英語が混ざったものになります。

私の所属するecole doctorale では、論文の10%がフランス語で書かれていることを要求します。そのため、外国人留学生の場合は総括のようなものを英語で書いて、それをAIでフランス語に訳して一つのチャプターとして論文に挿入したりします。外国人を迎えたいと言いながら、このようなルールがあることは非常に矛盾していますが、今のところどうにもならないでいます。

論文は大抵、イントロ(今わかっていることのまとめと、問題提起)があり、その後チャプターが続きます。普通は一つのチャプターが一つの論文になっていて、すでに発表された論文をそのまま挿入して、1チャプターとすることが多いです。発表された論文は英語で書かれているので、最終的に英語とフランス語が混ざった論文になります。

多くの博士論文には、二つか三つのチャプターがあり、最後にディスカッションと言って、自分の研究が明らかにしたこと、そこから推察されること、まだわからないこと、などを論じるチャプターを用意します。この部分に、その学生さんの成熟度が現れるので、読んでみて一番面白いところです。

博士論文審査会 Soutenance

論文審査員は指導教官と学生が相談して選びますが、その分野の専門家で、将来学生を助けてくれるかもしれない人を選んだりもします。これもecole doctoraleによって規則は異なりますが、審査員の男女比を1:1にしないといけなかったり、HDR (Habilitation à Diriger des Recherches)と言う研究を指導する資格を持っていないといけなかったり、いろいろ決まりがあります。

ちなみにこのHDRは、自分がやってきた研究について30ページくらいのリポートを書いて、審査員の前でプレゼンをして討論をして、そつなく終わらせればもらえるタイトルです。

論文審査員にはrapporteurと examinateurという二つのカテゴリーがあります。rapporteurは大抵HDRが必須で、提出された論文を読み、博士論文審査会(soutenanceと言います)を行う価値があるかを判断します。そのためリポートを書いて、論文審査会が予定されている日の2週間くらい前にecole doctoraleに提出しないといけないので、結構面倒で大変な仕事です。この前、レポート締め切りが近いちょっと同僚と愚痴っていたのですが、少なくとも丸々2-3日はかかる作業です。

それに比べると、examinateurは楽なお役目で、論文審査会までに論文を読んで、当日質問すればおしまいです。

論文審査会では、まず博士候補の学生が45分くらいの発表をします。ここまでくれば、博士号は取れたも同然ですが、当然、緊張している学生さんが多いです。親兄弟姉妹が見に来たりすることも多いです。

その後、二人のrapporteurと、一人または二人のexaminateurが質問を始めます。質問は一人ひとり持ち時間を与えられてやることもありますし(20分くらい)、自分と似た質問があれば、他の人が質問しているときでも討論に加わっていい、なんて時もあります。このルールは審査員の中から選ばれた、プレジデントが決めます。プレジデントになる人は、生徒と同じ大学の教授であることがほとんどです。他の審査員は、みんな他の町とか国からやってきます。

というわけで、論文審査会は3時間くらいになることが多いです。すんなりと、どの質問にも答えて、討論を行える学生もいれば、最後はボロボロになってしまう子もいて、興味深いところです。

研究と言うのは、色々な人と意見を交換するのが重要ですし、自分の研究の弱みを客観的に認識しながらも、自分の仮説を前に出したりする必要もあるので、第三者の研究結果なんかも引用しながら、どのように自分の意見を通すことができるかって言うところに、その人の研究者としての成熟度を見ることができます。

最後はコミッティと指導教官が密室で相談して(この時点では和やかなものです)、博士号を授与できるかどうか決めます。そして、全員の前で結果を発表し、晴れて博士の誕生となります。

このあと、家族が用意した食事や飲み物をいただきながら、卒業していく博士へのプレゼント贈呈なんかがあったりします。

最後に

どこの国でも同じでしょうが、短い博士課程の間にやることはたくさんあります。

限られた時間でも、どんどん成長していくのは、好奇心旺盛で、研究が面白くてたまらない学生さんです。そうでなければ、研究の道なんて大変で、お金ももうからないし、常に批判にさらされているものなので、わざわざ博士号なんて取得する必要なんてない、と私は思います。

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